「一人称を略奪して書け」――村上龍『限りなく透明に近いブルー』（講談社文庫）

批評再生塾の第四回の課題で

五所さんが出していたテーマ（一人称を略奪して書け）が

面白かったので受講生でもなんでもないんですが

村上龍の『限りなく透明に近いブルー』で書いてみました。

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　何からはじめようかな。僕の見るものの話からしようかな。それとも、作者――つまりは、僕にとっての神だ――がそうしたように虫の話からすればいいのかな。でも、見るものの話からのほうがいいだろうな、リリーがやたら気にするだろうから。
　僕の見るものとの距離を、これはラリってるからなのかって言う人もいるだろうし、映画のようだって言う人もいるだろう。僕はたしかにはじめから部屋を飛んでいた虫を見て、テーブルを見て、そのうえにある灰皿を見ていた。それから、その中にあるタバコに口紅がついてるのを見て、おんなじテーブルの上にあったワインのラベルを見て、ワイングラスを見て、絨毯を見て、鏡を見て、そして最後にリリーを見たっけな。こういうのはそれぞれ僕のいた部屋の離れた場所にあったんだけど、それを見るとき普通は「近づいて見ると」って言うらしいよ。誰かが僕にとっての神にそう言ったらしいんだ。でもさ、これはいわゆる物語なんだから。僕の見るものが変わったってことは、僕と僕の見るものの距離が変わったんだってわかったっていいはずなんだよ。まあそれが僕がラリってるようにみせたんならそれはそれでいいんだけど。だって実際僕はドラッグを打っていたんだから。
　僕の見るものについてはリリーはこれくらいで納得してくれるかなあ。そろそろ虫の話をしないといけないんだ。虫をさ、僕はあの物語のなかで僕の神に何度も潰させられたんだ。僕はそれに恐怖したよ。いつか僕も虫みたいに大きな何かに潰されてしまうんじゃないかって。大きな何かって、黒い鳥のことなんだけどね。僕の頭のなかで作り上げていた宮殿だったり都市だったりを壊したあの黒い鳥のことさ。だから僕はあいつに潰されないように腐ったチキンを食べたりしたんだ、あいつになるために。
　だけど、僕は気づいたんだ、僕たちを上から眺めてる鳥は飛行機のことなんだって。クロンボが乗ってる飛行機なんだよ、僕らはずっとその近くにいたんだ。僕の神も僕にこう言わせていただろう、「俺は知ったんだ、ここはどこだかわかったよ。鳥に一番近いとこなんだ、ここから鳥がきっと見えるはずだよ」って。僕らは確かにあいつらに寄生して生きていた。だから僕の空想都市には飛行場が必要だったんだよ。けど、僕は完全にあいつらと同じになってしまうのが怖かったんだ。そう思ったから僕は虫でも飛行機でもある黒い鳥を殺さなきゃって自分を刺したんだよ。
　僕の話はこれだけなんだけどさ、僕の小説が本になったとき解説で綿矢りさって小説家が「バーガー一つポテト一つという日常の会話が、村上龍さんの手にかかると、なぜか胸にせまって苦しくなる」って書いてたのにはむかついたよね、物書きなんだからなぜかじゃなくて言葉で説明しろよって。まあそのあとの文章で説明したつもりになってるのかもしれないけど。僕が言いたいのはそれだけだよ